以前、あるブログで円頓寺の商店街の記事を見たとき、そのコメント欄に、名古屋高速(名古屋高速道路)で商店街が分断されたとしてそのことを嘆くかのような、読者からの感想があった。
しかし「分断」は名古屋高速ができる以前からのことで、さきに江川線(名古屋市道江川線)がありそこに都市高速が作られたのである。さらに江川線は、江川を暗渠にして敷かれた道路だった。東方の円頓寺商店街、西方の円頓寺本町商店街は、江川、江川線をはさみ、最初からその東西にあったから、江川、江川線、名古屋高速によって分断されたわけではない。
江川線や江川に比べ、名古屋高速の高架の外観は、「分断」の印象を与え易いのだろう。しかし、だからと言って分断を言うのは当たらない。背景に、「高速道路≒分断≒悪」といった価値判断があるとすれば、それもわかり易いだけに倦厭する。易きに流れるわたしたちの投影をそこに見るのはよいとしても、歴史的事実にもとづかない修正主義予備軍の其処此処での徘徊には閉口する。
往時を現在の奴隷にしてはならない。現在は往時を搾取してはならない。現在中心主義を超えるということ。現在が往時を見るのではなく、往時が現在を照射するのを見るのである。その場が場所である
それぞれの場所に理由なくつくられる構造物は多いが、件の名古屋高速はその場所の論理にしたがっていた。江川は、江戸時代後期には存在していた用水、東井筋の後身である。では、東井筋はその場所の論理に即していただろうか、が次の課題となる。別の機会に考えよう。